SIXIÈME GINZA MAGAZINE 015

北に想いを寄せて

Interview with Harumi Fukuda

ファッションやライフスタイルの商品開発、ホテルのブランディングや地域の再生など、ジャンルを問わず各方面からの相談が絶えないという、ブランディングディレクターの福田春美さん。どこまでが仕事で、どこからがプライベートなのか。その両者を自由自在に行き来する福田さんの多岐にわたる活動や想いを伺いました。

 

本物に囲まれて育った幼少期

年の瀬の恒例行事と言えば、仲間や家族と食卓を囲みながら賑やかに過ごすことだという福田春美さん。そんな過ごし方も福田さんのご実家の話を伺っていると、そこに原点があるようです。お爺様の代から札幌の下町でお風呂屋さんを営み、とにかく常に誰かしらが出入りする家。来客があればすぐにごはんを出せるようにと、いつでも支度が整えられていたそうです。そんな環境で幼少期を過ごしたこともあって、上京後も親しい人が訪れてきては料理をつくってもてなすというのが、福田さんにとっての当たり前。「以前は大皿から取り分けるスタイルでしたが、3年半の間パリで暮らした時にひと皿ずつ供するパリの人々のスタイリングに触れ、帰国後は人数分を一品ずつ出すようになりました。そのほうが温かいまま食べてもらえますしね。和食なら箸休めも含めて10品くらいなることもあります。そのぶん器もたくさん必要になるので、ストックは豊富です(笑)」。

訪れるひとにどんな気持ちで過ごしてもらいたいか、また、そのひとにどんなものを食べさせてあげたいか。もてなしには想像力が必要で、慌ただしい日々のなかで上手にこなすのは容易ではありません。けれどそこは、もてなしの達人、福田さんのこと。来客までの時間はむしろ楽しいひとときなのです。「あのひとが来るなら、こんな花を活けて、香りは何を焚こうかしら。この食材にはあの器を合わせよう」などと、もてなすひとへ想いを馳せます。

お父さまは器のコレクターで、毎日玄米を食し、ヨガをして、書斎には柳宗理の初版本をはじめとする1,000冊超の蔵書と、北欧のオブジェなどがひしめきあっているそう。一方、お母さまは日本舞踊の先生で、福田さんを含む三姉妹は、お作法や立ち居振る舞いを日常のなかで身に着ける環境にありました。家を彩るエッセンスはジャポニズム一色。「器はどれも本物でしたが、子どもにとってはベージュ系のものばかりに見えていました。お弁当箱はシンプルなアルミでしたし、スモックもリネン。お友だちの家で出てくるピンクのお皿や、かわいい柄のスモックには憧れたものです。両親が共働きだったこともあって、姉や妹ともよく料理もしましたよ」。いまでは、当たり前のようにあった器や書籍の素晴らしさに感じ入ることもあり、福田さんの部屋にさりげなく積まれた書籍や壁を埋め尽くすアイディアリソースにも、そんな幼少期からの経験のすべてが折り重なって、空間のしつらえになっているのを感じます。

 

大きく舵を切ることになった節目

「パリに渡る前は、真っ白な空間にストロングピースを象徴的に置いて、他には何もないというミニマルな部屋でしたが、パリから戻って、恐れずに色のあるものを棚や床、壁などの見えるところに置くようになりました」と話しながら、アトリエ兼お住まいでもある部屋を見渡します。福田さんが渡仏したのは2006年。ほぼ同時期に自身のファッションブランドを立ち上げていたので、パリを拠点に東京と行き来しながら仕事を続け、2011年に本帰国。その数ヶ月後に東日本大震災が起きました。

「実は私、9.11にも遭っているんです。ちょうどファッションウィークでNYに居て、あのパニックはいまでも憶えていますが、東日本大震災が起きて、その時の記憶が甦りました。今日食べるもののこと、今日飲む水のことを考えるようになって、それまでとは価値観ががらりと変わりました。気づいたら考えるより先に行動していて、ロケバスの会社がドライバーさん付きでバスを出してくれたので、現場対応に慣れているスタイリストの友人たちと一緒に、とにかく東北へ向かいました。4月の頭から半年くらいの間、仲間内でシフトを組んで通いましたが、炊き出しに行った先で『ひと月ぶりに生野菜を食べた』と言われた時は、膝からくずれ落ちそうなほどショックでした」。

そんな折に最愛のお父さまを実家で看病することに。震災と、お父さまとの最期の時間、共に福田さんの人生を大きく左右する出来事が立て続けに起きました。家族や目の前で困っているひとの力になりたいという「想像力」と「行動力」が、福田さんに備わっている大きな能力のひとつであり、それらがいまの仕事のスタイルの基本となっているようです。直感に従って、頭で考えるよりも先に状況をつくり、まず身を置いてみる。そこで気がつくことや見えてくる景色に素直に行動して、軌道修正をしていく。そんな軽やかさが連なって、福田さんにとってまるで偶然のような出来事は、静かに選びとっている必然なのかもしれません。

 

北ならではの澄んだブルーのなかで

最近では月に一度、北海道の帯広、根室、別海、東川などに通っているという福田さん。特に東川あたりは、旭川空港から車で10分というアクセスの良さにも関わらず、その道中には果てしない地平線が広がり、その風景があまりに美しく、ひと息に心を奪われたそうです。道東の別海は、隣家まで5kmあって、家のなかにいても窓から丹頂鶴が降り立つ瞬間を見られることが日常の世界。この閉ざされた場所と時間こそが、都会ではなかなか手に入れることのできない贅沢なひと時なのでしょう。

東川は、メインストリートが1kmほどのコンパクトな町ですが、その壮大な自然環境のなかに、生命力溢れる作品が特徴的な米国出身の陶芸家『アダム・シルヴァーマン』の器がさりげなく売られているハイセンスさもあり、そのギャップが道東の魅力とも言えます。今年の春に福田さんが1週間過ごしたのは、現代美術家の大竹伸朗さんが若い頃に働いていたという、別海町のサイロ (牛の飼料施設)をリノベーションしたご友人のお宅で、どこにも外出せずにひたすら料理をして過ごしたそうです。そんなゆったりとした贅沢な時間は、SIXIÈME GINZAが提案する、自然と共にあるスローライフそのものです。

以前、福田さんには、大丸松坂屋百貨店が提案する『TO THE NORTH』(北海道の食材やプロダクトを集めた新しい北海道物産展)のディレクションをお願いしたことがありました。
この1年の終わりにSIXIÈME GINZAがお届けする『BLUE BLUE GREETING』でも、『TO THE NORTH another story』のPOP UP STOREとして、ふたたび福田さんにご協力いただきます。東京から旅する北の大地は1ヵ所に留まりません。栃木・益子の木工作家、高山英樹さんが手がけた木製の器や、千葉・松戸の陶芸家、竹村良訓さんの陶器。また、今年3月に北海道・東旭川でギャンブレル屋根の納屋をアトリエに、『コキア』というブランドを立ち上げた荒木孝文さんの炭で焼いた黒いカッティングボード、なども顔を揃えます。「パリにいた頃、夜に近づく空の色を見たときに『ベティ・ブルー』(1986)で観たブルーって、本物の色だったんだと思いました。朝の時間帯にも見られる青なんですけど、パリとほぼ同じ緯度である北海道にもそのブルーが存在していて、ある特定の時間帯に、あたり一面がブルーに包まれて空と大地の境界がなくなるんです。ブルーって空気が澄んでるからこそ出る色なのでしょうね」。

最後に、歳を重ねることで変わってきたことと変わらないことを聞いてみると、心地よいものや好きなものは変わってきた、と話してくださった福田さん。一方、昔から変わらないのは、舌と感情に素直であること。「ひとであれ、モノであれ、そのものから発せられる『声』に嘘がないものを信じているところがあります。声にはひとの生き方そのものが表れるし、たとえばモノだったら、食材や、木や山が語りかけてくる力強さとか。そういうことに正直でありたいし、敏感でありたいと思います」。これは、SIXIÈME GINZAが提唱する[本物][上質][一流]を見極めるひとつの方法なのかもしれません。

いまの福田さんを助けてくれるのは、「無理せず、無理して」という、ご自身でみつけた絶妙なさじ加減。誰しも時には無理も必要ですが、周りに気を遣わせるほど頑張ってはいけないと感じるようになったそうです。晩年はジョージア・オキーフのような生き方をしたいと語ってくれた福田さんは、オキーフの家を訪問するツアーに出かけた時に、そこかしこに感じられるその暮らしぶりから、そういう場を持つことへの想像が膨らんでいきます。「少しずつ拠点を北海道に移しながら、10年後には道東にあるギャンブル屋根の納屋が密集するエリアに小さなサイロ付きの家を持って、私が心地よいと思うものや、父の器と書籍のコレクションを纏めて見せられる場をつくるのが、これからの人生でやりたいことです」。

福田さんの衝動はいつも「ひと」と「ひと」の間にあって、観察力と想像力と行動力をフルに働かせながら、そこで感じることを素直にアウトプットされているように見えます。ひとつの時代を駆け抜けて、好きなものや心地よいと思うものも精査され、こうありたいという理想も見えてきたところ。未来、自分の感性と響き合うストーリーのあるものに囲まれて過ごしていたい。この気持ちと行動は彼女の直感に素直に従った表現であり、いまの時代感を表しているようにも感じます。彼女が出会うものは青く光り輝き、自然と手元に集まってくるのでしょう。福田さんが北に想いを寄せながら生み出していくことから、ますます目が離せません。

11月29日(水)から12月12日(火)まで、福田春美さんがディレクターを務める「TO THE NORTH another story」のPOP UP STOREがSIXIÈME GINZAにて開催されます。福田さんの機微に触れることができるこの機会に、是非お立ち寄りください。

 

ブランディングディレクター

福田 春美(ふくだ はるみ)

1968年北海道生まれ。いくつかのセレクトショップのバイヤー、プレス、ディレクターを経て、2006年自身のブランド『Hamiru』を立ち上げ、同時に渡仏。2011年に帰国後、セレクトショップや、香りのブランド、ギャラリーショップ&ウェブショップ、デリカテッセンなど、様々なストアブランディングを手がけ、現在は、浄水器の開発サポートや、新しい商業施設のリーシング提案、ホテルや老舗セレクトショップのリブランディングなども手がける。趣味は料理と旅。