SIXIÈME GINZA MAGAZINE 013

mm単位の世界で

Interview with YUKO KATAYAMA

雑誌や広告業界で長きにわたりスタイリストとして活躍を続けていらした片山優子さん。2009年にボタンを用いた作品を発表する「KOCHU KOCHU(コチュ コチュ)」を立ち上げて“身に着けるアート”と表され、国内外で注目を集めています。その唯一無二の世界観を生み出す片山さんの魅力に迫りました。

 

続けてきたからこそ

幼少期からファッションがとても好きだったという片山さんがスタイリストとしてのキャリアをスタートさせたのは1970年代に入った頃。「an an」や「non-no」がファッション誌として創刊され、スタイリストという職業が世の中の知るところとなった時代でした。食、ファッション、インテリアなど分野を問わず、主に広告のスタイリングを手がけられていたそうです。「センスや感性というものは目に見えないけれど、それを人様に提供できることは幸せなこと。それを喜んでくださり、必要としてくださる方がいることにやりがいを感じる日々でした」。

40年以上続けてきたスタイリストの仕事で培われたのは、全体のバランスを捉える能力と臨機応変さ。モデルの体型や動き、カメラマンのライティングでも変わるので、その場のインスピレーションでどれだけ現場をあっと言わせることができるかが問われました。「女性は歳を重ねるにつれて段々と引力に抗えなくなりますが、胸元にボリュームのあるものを持ってくるだけでぐっとバランスがよく見えます。たとえばわたしの場合、小柄でボリュームのあるヘアだから胸元は開けておいたほうがよいとか、ヘアスタイルにインパクトがあるので、ノーメイクに赤いリップスティックを塗るだけにするなど。全体のバランスを考えるのは、やはり長年スタイリストをさせて頂いたからだと思います」。そのほかにも、貝ボタンのように光を柔らかく放つものを胸元に持ってくるとレフ版のような効果があるとか、色みが強いものを持ってくればノーメイクでもメイクをしているのと同じ効果があるなど、わたしたち大人の日々の着こなしに活かせるヒントがたくさんありました。

 

ボタンとの運命の出会い

スタイリングの仕事で、とあるアパレルメーカーへ打ち合わせに行った折に、ボタンの見本帖がまさに捨てられようとしていたのを目にした片山さん。1つしかないと使い道がないとされるそのボタンたちを連れ帰り、何か使い道がないだろうかと考えていました。その後、片山さんの元へ、ヘアスタイル雑誌の仕事が舞い込みます。ヘアスタイリングの写真は概ねバストアップなので、そのアングルで表現できるスタイリングとして、カッターシャツの襟を切り出してボタンを縫い付けてみたところ、賞賛を浴びました。これが、KOCHU KOCHU(コチュ コチュ)の作品性のはじまりでした。

取材の日に身につけていた赤い蝉のボタンも、片山さんがオリジナルでデザインしたもの。透過性を出すために、フィギュアをつくるアーティストに依頼をしてこの独特な風合いが実現しました。ボタンは一見、表側の表情だけに気を取られてしまいがちですが、実は裏の形状や針穴の角度も重要だと言います。自分のその時のコンディションは縫い加減にストレートに出るそうで、感情の起伏が激しい時には糸の引っぱり具合が強くなってしまったりすることもあるそう。だからこそ、制作に向かう時には、身支度を整え、気持ちを落ち着けて取り組みます。ボタンひとつひとつの声を聴きながら縫いあげていくので、夢中になって気がついたら夜深くなっていることもしばしば。「1日15時間、飽きることなく制作に没頭しています。眠らずに済むのならずっとボタンに触れ続けていたいと思うほど。数年前までこんな気持ちになるとは思ってもみませんでした」。

スタイリストの仕事ではモデルのcm単位の寸法に合わせて具現化していく仕事でしたが、KOCHU KOCHUの作品づくりはmm単位の世界なのだそう。「どんな方が身に着けるかわからないからこそ、自分がつくりたいものをつくろうと決めているので、0.数mmの感覚を大切にしています。縫い付けたボタンの角度が思うように付かなかったり、隣りのボタンとの距離がわずかに違っていたり、仕上がってから気になる箇所があれば、全部ほどくこともあります」。KOCHU KOCHUの作品を身に着けると嬉しくて元気になるという大人の女性の感想をいただくことも多いそうですが、それは片山さんの並々ならぬボタンへの愛情と、まだ見ぬ身に着ける方への愛情が詰まっているからなのでしょう。

 

わたしらしくあるために

ひとから見られる自分と、自分らしくあることのバランスは、いくつになっても考え続けるテーマなのかもしれません。片山さんはどのように取捨選択していらっしゃるのでしょうか。「ひとえに自分をよく知ることが大切です。まず、自分の身長や体型のバランスを知ること。肩幅が小さいとか、お尻が大きいとか、どんなヘアスタイルなのかによって、それに合ったバランスの取り方がポイントになります。ふたつめには、自分のライフスタイルを知ること。たとえば、接客業だったらそれなりに良いものを身につけなくてはならないでしょうし、仕事や私生活の在り方とスタイルは密接です。わたしは数年前から髪の毛を染めるのをやめて、白髪を活かすようにしました。いまは自由な職業ですし、男性には少々不評でしたが(笑)、物理的に楽になったことで、自分の見え方だけでなく在り方も変わったかもしれません」。

片山さんがいま最も自分らしいと感じるのはデニムスタイル。デニムはそのひとの体型や動きに沿ってできるダメージやひげが異なるので、唯一無二のものになります。「CHANELの“ベスト サヴォアフェール”の受賞式には、わたしらしいデニムスタイルで行きたいなと思いました。ただ、デニムがカジュアルに映って失礼に当たるといけないので、CHANELのブレードをイメージして、デニムの裾に300個ほど、ブラウスに2000個ほどの貝ボタンを縫い付けたものを着て出席しました」。いつでも自分らしくあることと、TPOをわきまえた大人の配慮あるスタイルに、片山さんのセンスが光ります。

「あるギャラリストの方がわたしの作品を“WEARABLE ART(身に着けるアート)”と呼んでくださって、とてもしっくりときました。高価で、飾って眺めるだけのアートピースになるよりも、身につけてくださる方の日常にもっと入り込んでいたいし、身に着けていない時は額に入れて飾ってもいい。“わたしだけのための1点もの”というところに女心ってくすぐられますよね。フランスには“40になってようやく女性になる”という諺があるのですが、いつまでも女性には輝いていてほしい。いろいろな経験を重ねて人生を充分に楽しんでいらっしゃる大人の方に、ONでもOFFでもシンプルな洋服に合わせて楽しんでいただいて、自分の個性を表現してもらえたら嬉しいなと思って作っています」。

最後に、SIXIÈME GINZAのコンセプトである[本物][上質][一流]について伺ってみました。「これらの3つの言葉は少しずつ意味合いが違いますよね。[本物]であることはコンセプトそのものですし、[上質]であることは素材そのもののクオリティ、[一流]というのは自分ではなく人から判断されることだと思います。0.数mmにこだわって作るというのがわたしのコンセプトであり、そこに付随する責任は果たしたいと思っています。そういう意味でもSIXIÈME GINZAがわたしの作品をお店に置いてくださるということは、そこを評価してくださっているということだと思い、とても嬉しいです」。

 

KOCHU KOCHU

コチュ コチュ

片山優子さんが新旧を問わず国内外から選び抜いたボタンを丁寧に綴った胸元に着けるアート作品。ひとつひとつのボタンのストーリーを大切にして、相性を見極めながら組み合わせ、片山さんご自身の手で縫いあげる、世界にひとつしかない作品の数々。
<作品紹介>オウム貝のボタン(冒頭の写真・左)。創業1946年のボタン専門店「ミタケボタン」のボタン(冒頭の写真・右)。ボタンコレクター当間易子氏によるフランス製のプラスティックボタン(中央の写真)。パリの有名なヴィンテージショップ「Daniel et Lili」にて仕入れた、CHANELのコレクションで使用していた’’des rues’’のサインなしのガラスボタン(左の写真)。

KOCHUKOCHU アーティスト

片山 優子(かたやま ゆうこ)

雑誌・広告業界でスタイリストとして活躍するなか、その小道具として手作りしたアクセサリーが評判を呼び、2009年「コチュコチュ」を立ち上げる。翌年のパリでの展示会を皮切りにイタリアンヴォーグなどヨーロッパを中心にメディアでも話題に。ボタンというひとつの素材への愛情に満ちた独特の世界観が国内外を問わず注目を集めている。
http://kochukochu.info/